最終回では、石井さんがこれまでのインタビューでもご紹介した「アイデア創発」の職業をはじめたきっかけについてお話を伺いました。また、これから新しく生まれてくる職業など、石井さんが思い描く日本の未来について語っていただきました。

石井力重さん

石井力重さんのプロフィール

アイデアプラント代表。アイデア創出支援の専門家。
1973年千葉県生まれ。東北大学大学院・理学研究科修士課程卒業。
2014年4月より早稲田大学・人間科学部にて非常勤講師も勤める。
ブレインストーミングや創造技法の実践と理論の両面に強い興味を持ち、創造工学(Creative Problem Soiving、TRIZ)を研究中。(所属学会:日本創造学会)
「アイデア発想を支援するツール」の作家として多様なアイデア発想ツールを開発。
全国各地の企業、大学、公的機関等、また海外で先端技術産業や行政、漫画家まで多岐に渡ってアイデアワークショップを実施。人がアイデアを考え出す際のプロセスを研究しており、そこから、創造的思考を補佐する「アイデア創出の道具」を創出している。
著書に『アイデア・スイッチ 次々と発想を生み出す装置』(日本実業出版、2009年)

理系大学院の修士生から商社へ一転
そして退職し再び大学院へ
石井さんが「アイデア創発」を生むまでの道のりとは?

(聞き手/デジパ:桐谷、木下)

桐谷:「アイデアプラント」、「アイデア創発」という新しい職業をはじめられたきっかけを教えていただけますか?

石井:一番の原点は大学院の時代まで戻ります。
理系の修士だったのですが、学者になりたかったんです。
ですが先輩や後輩に優秀な人がたくさんいて、「その先輩たちに勝って学者になるのは難しいな、僕の才能はそこまでじゃないな」って思って諦めたんです。
その後僕自身は、ビジネスをつくれる"ビジネスメーカー"の男になろうということを志して、商社に就職しました。
理系の修士から一転して商社というケースは非常に珍しくて、会社の中では商社マンになった割には、手形の見方もわからない、取引の仕方のイロハも全然わからなかった。
99年頃、産業の空洞化が激しくて、シュリンクする市場の中で商社は案件の取り合いをしていました。国内のパイが小さくなる中で取り合いをしていく。そういう事業環境では、競り勝って案件が取れても適切な収益を生み出すのは難しい。人口減少が長く続くことが予定されているこの国では、この先、新しいパイを作り出すことが求められていく、と感じました。新しい価値を生み出すような力を今よりもっとつけたい、と思ったんです。
そこで商社を辞めて、「新事業創造マネジメント」を研究しに大学院にすすみました。
当時はMOT(エム・オー・ティー)と言ったんです。

桐谷:MOT?

石井:マネジメント・オブ・テクノロジー。
そこで「ベンチャー創造論」や「産学連携論」を勉強したり。僕自身の研究テーマは、「大学発ベンチャー創出の地域的要因」に関するものでした。
産学連携という大学と企業が連携して新しい価値を生み出す、そういった営みも研究対象にしたんですが、もっともっとそのことを実践でも勉強したいと思って、『NEDO(ネド)』という独立行政法人のフェローになり、宮城のベンチャーに駐在する、ということになりました。
そこで工学部の博士課程は一旦休学し、『NEDO』のフェローの3年間で、地域のベンチャー企業や中小企業に、もっとイノベーションに取り組んで、大学の施設を使ってもらったり、新製品を作り出してもらったり、ということをしたいなと思いました。
さて実際にその活動を展開します。「産学連携しませんか、大学の技術を使いませんか」とか「もっと新事業作りませんか」と、行政マンのフェローが言っても、「石井君、ここ(宮城)はね、そうそう新製品が生まれるような感じの事業環境じゃないし、新製品に取り組むっていってもブレストがそもそもできないよ」と知り合いの地元の社長さんたちに言われました。
コンパクトな会社の場合、企画会議では、社長ばかりがしゃべって、若い連中は「そうですね」って言うばかり、ということがよく起こります。
20人ほどのベンチャーで、社長が新製品会議するからと私も呼ばれ、はたで見ていたのですが、ブレストの進行役として社長が「はい、じゃあ、このアイデアどう?」「...(しーん)」「このアイデアどう?」「...(しーん)」、とその結果、ホワイトボードに列挙されたアイデアの8割方は、社長のアイデア。ブレストと言いつつも、社長のアイデア列挙会みたいな時間に終始してしまいました。社長にはファシリテータの心得もあることはわかりましたが、いかんせん、社員さんたちは、無言か賛同のどちらかの行動しかしない。これは、辛い。
「石井君、この状況を何とかしてくれないと、新製品会議とか、産学連携に取り組んで新しいものを作り出すなんてのは無理だよ」ということで、「ブレインストーミング」のサポートをしに入る機会がこの3年間でたくさんありました。
そのうちに「石井君が来ないで、代わりに『ブレインストーミング』を学ぶようなカードゲームとか作れない?」と何人かの社長さんに言われて。
「じゃあ、作ってみましょうか」って始めたのがブレインストーミング・カードゲーム『ブレスター』という、うちの新製品だったんですね、ですからそういうブレストを望むベンチャー企業の人たちの要望のなかから『ブレスター』は生まれました。
ということで『ブレスター』を作って、その後もいろいろな「ブレインストーミング」のサポート・ツールというのを開発して、Amazon経由で世の中に出荷していくようになったりしました。それから僕自身が「ブレインストーミング」をしに入ったりも。
今では大きなワークショップ全体も設計して、自分がやるようになっていきました。
このようにして、最初は宮城県の中小企業さんの、「新事業創造」とか新製品開発の、その開発の初期段階を手伝おうということでやっていたんですね。

石井力重さん

"良いアイデアがどのように生み出されるのか"
ブラックボックスだった「アイデア創発」の分野を追求

石井:もう一つは、大学院の博士課程に戻ったときに、工学から経済学に転科し、また別の「新事業創造」のいろいろなプロセスが学べました。特に、研究開発マネジメント(R&Dマネジメント)です。
大企業がやる事業開発には最初に"R"リサーチ、次は"D"デベロップメント、次に"B"ビジネス化、そして最後は"I"インダストリアル化があります。
研究・開発があり、事業化して、最後は産業化して大きくなっていく。
この「 R・D・B・I 」、こういう流れで企業は行くわけですけど、BとかIのあたりはいわゆる「MBA」がありますよね。RとDとIのあたりが、少し前に申し上げた「MOT」のカバーする領域です。
MOTの学問の中には、「ステージゲート・モデル」とか、「パイプライン・、マネージメント」とか、会社の「CTO」クラスには役立つような、研究開発のマネージメント・メソッドはいっぱい研究されてありました。しかしMOTだけじゃ、困るのは"現場"です。
はじめに良いアイデア(開発テーマ)があるものとして、それをうまく開発していくならば、よいプロセスはこうだ、という研究はなされていました。ですけど、良いアイデアがどのように生み出されているのかというのは、"ブラックボックス"のままでした。ほんのわずか数行のアイデア発想の手法の言及があるばかり。
この良いアイデアを生み出すという部分、すなわちR・D・Iの流れの始点あたりを勉強したら、もっともっと新しい価値を生み出せるんじゃないかと思ったんです。
開発現場の人たちは、年間で部署で何百件もの特許を生み出したりしなければいけない、とか、各人2ヶ月に1回は「特許」を出さなければいけない、ということがよくあります。そうするとアイデアが必要ですが、アイデアを生み出す部分に関しては、あんまりメソッドが無かった。
僕は、こういう研究開発の端緒に当たる「アイデア創出」、ここをもっともっと専門にしたいなと...商社に行って、それから東北大の大学院の工学部の博士課程にすすんで、もろもろのMOT研究や現場の状況を省みたときに、「アイデア創出」部分が足りないな、と思ったんです。
そしてそのあと、先ほどお話した宮城のベンチャー企業に、『NEDO』のフェローとして入ったときに、「アイデアの部分から必要だ」という話になり、「自分が思っていた問題意識、そのままだ」と。
ここで「アイデア出し」のことを、自分がもっと吸収して、「ブレインストーミング」をサポートすることをはじめようと、ということをやりました。
そういうことが「日本創造学会」の先生方に目に留まり、いろいろな発想技法を教えていただいたり、アメリカの創造技法のエキスパートによる貴重なトレーニングの場に呼んでいただき、ブレインストーミングや創造技法の一流のことをいろいろ教えていただきました。
こういったことがすべて自分の血肉になって、徐々に今の「アイデアプラント」のブレインストーミングをめぐるいろんな研究ができています。
そしてそれらが、アイデアプラントの今の事業である「ブレインストーミングの道具」の開発、アイデアワークショップの設計・運営、創造研修といった事業の中核能力になっています。

石井力重さん

モノが売れなくなる時代だからこそ
クリエイターが増えなければならない

桐谷:ありがとうございます。
今は無くなる職種もあれば、新しく生まれる職種もあると思っていまして、石井さんのお仕事は、新しく生まれた職種だな、と思っています。

石井:「最終的には、みんなクリエイティブの勝負なんだろうな」と、多くの人がそう言っているのを耳にしますよね。
日本が経済的に成長した時代というのは、"0"から"1"をつくる仕事よりも、"10"を"100"にするような、「効率」の方が良かったんですよね。仕事全体としては、「クリエイティブ(創造)」と「効率」としては、「効率」のほうが多かった。
ところが人口が減少し、効率の部分が減ってくると、相対的には世の中のクリエイティブ・ウェイトというのは増えていきます。経済が下り坂にはいったら、規模が取れなくなるので、規模に依拠する効率仕事が減ります。製品登場から市場退場までの販売総数が小さい状況で売上高を維持するには、しょっちゅう「0から1を創る、という仕事」に従事していないといけない。なので企業内のクリエーターの割合が増えます。逆に予測にあるようにもし日本が2050年から上向きになったならば、またクリエーターは社会の中での比率が下がっていくだろうと思います。
ということで、産業が、経済が、下り坂になるほど、クリエーターが増えなきゃいけないんですよね。よく、多くの人が誤解しています。
「モノが売れなくなる時代に、なんでクリエーターが必要なんだ」
「モノが売れなくなるんだから、作んなくてよくなるんじゃないか」と。
でも、逆なんです。
モノが売れなくなる=一個あたりの効率が下がる。相対的には、クリエイターのする仕事の割合が増える。
私が見ている社会をひとことで言うと、こうなっていると思うんです。

桐谷:なんとなくイメージ的には、そういうのはあったんですけど、おっしゃるとおりですよね。

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